カテゴリー: 2 概念によらない意味1 / 2 ページ

一日を新しく生きるというのは、新しく生きようと考えることではない。

上田閑照 『生きるということ――経験と自覚』29頁 上田…

人生には唯、短詩の形式によってのみ掴み得る人生の意義というものがある……短詩の形式によって人生を掴むということは、人生を現在の中心から掴むということでなければならぬ、刹那の一点から見るということでなければならぬ。

西田幾多郎 「短歌について」より『西田幾多郎全集 第十三…

一般の市民の一人だけれども、社会の問題を可視化したい

街頭デモに参加する性暴力被害者の女性のコメント (202…

人は、生きていくうえで難しい現実をどうやって受け入れていくかということに直面した時に、それをありのままの形では到底受け入れがたいので、自分の心の形に合うように、その人なりに現実を物語化して記憶にしていくという作業を、必ずやっていると思うんです。

小川洋子 (小川洋子・河合隼雄『生きるとは、自分の物語を…

瞬間瞬間の「私」があって、それはそれぞれ違った内容をもっているかもしれないけれども、そういった「私」と「私」とのあいだ、無数の「私」のそれぞれのあいだがずうっとつながっている、一貫性をもっている。……そういう意味の連続のことを自分という言葉で考えているのです。

木村 敏 (『自分ということ』文庫版116頁) 木村 敏…

人間と動物との違いは死と美を知っているか否かにあるのだ

日髙敏隆 (『世界を、こんなふうに見てごらん』文庫版31…

わたしが、『山びこ学校』を読んで、一番強く印象づけられたのは……生徒も先生もひとりひとりの生徒が持ち出してくる具体的な暮らしの問題を、「自己をふくむ集団」の問題として、一緒に考え、解決しようと努力していることである。

鶴見和子 (岩波文庫版『山びこ学校』所収「『山びこ学校』…

ハイビジョンなんて、人間の目では見えないものまで見せるようになっています。そうして嘘に嘘をかためているから、世界そのものが人間に持っているインパクトをどんどん薄めて一六分の一になり、八かける八の六四分の一になり、ひどいことになっていると思います。

宮崎 駿 (『本へのとびら――岩波少年文庫を語る』新書1…

神はじぶんの花々を、人間の手ずからささげられるものとして取りもどしたいと待ちのぞむ。

ラビンドラナート・タゴール (詩集『迷い鳥たち』内山真理…

「自分は結局のところ、ただのアメリカの庶民なのだ。そのアメリカの庶民として、自分には語らなくてはならないものがあるのだ」という矜持のようなものが、彼の文学世界の中にはきっちりとある。

村上春樹のレイモンド・カーヴァー評 (『村上春樹 雑文集…

荒涼とした島にひとり取り残された人間は、自分だけのために自分の小屋も自分自身も飾ることをしないであろう。

イマヌエル・カント (『判断力批判』第41節より) 「美…

手仕事で作る実用品は祖先から代々受け継がれるという、しっかりした性格を持っている。風格といってもいい。その無駄のない、健康で雅な佇まいこそ、今でいうデザインの本当の姿ではないだろうか。

柚木沙弥郎 (『柚木沙弥郎 92年分の色とかたち』「年を…

その無音の沈黙の間は、実は、複雑な一音と拮抗する無数の音の犇めく間として認識されているのである。

武満 徹 (『音、沈黙と測りあえるほどに』196頁) 武…

偉大な傑作の、何もかいてない絹地の余白は、しばしば、描かれた部分そのものよりもいっそう意味にみちていることがある。

岡倉天心 (『東洋の理想』文庫版157頁) 岡倉天心(お…

思想ある風景

堀 文子 (『私流に現在(いま)を生きる』143頁) 堀…

私は体系と秩序と論理を尊重しますが、理論よりも事実を重視します。

エルキュール・ポワロの台詞 (アガサ・クリスティ原作 &…

何といふ静かさだ 音一つ

河井寛次郎 (『いのちの窓』9頁) 昨日に続き、河井寛次…

もの買って来る 自分買って来る

河井寛次郎 (『いのちの窓』46頁) 河井自身が註解をこ…

ある一つのことば、観念、あるいは課題について何か言うことは、それについて何か心に浮かぶ感想を述べることではない。それについての正しい知識、さらに適切に言えば、自己の経験がそのことばや観念の定義を構成するに至る時、われわれははじめて意味のある発言をすることができるのであり、その発言は同時に行為の形をもとりうるものである。

森 有正 (『遥かなノートル・ダム』「霧の朝」文庫版24…

裁かれる側と裁く側というのは、圧倒的な権力差がある。諦めて、審議の場でものを言えない被告人もいる。それでも人間どうしとして相対し、言葉によく耳を傾け、語り出されることに真剣に対処することは、「こんな俺の言葉でも聞いてもらえた」として、被告人の人生を変えるほどのはたらきもする。

木谷 明さん (NHK「こころの時代――それでも信じる、…

「人びと」は残酷だ、しかし「人」は優しい。

ラビンドラナート・タゴール (詩集『迷い鳥たち』内山真理…

自然界には、人間が手で描くような線はありません。蜘蛛の巣でさえも人間の描いた線とはちがいます。アウトラインなど、自然にはない線を人間が描くとき、その線はものを識別し認識したことのあかしとなります。この考え方をおしすすめていくと、線とは、人間の頭がつくりあげる抽象図形の部品のようなものと考えたほうがいいでしょう。

安野光雅 (『絵の教室』95頁) 安野光雅(あんの みつ…

この世で自らを島とし、自らをたよりとして、他人をたよりとせず、法を島とし、法をよりどころとして、他のものをよりどころとせずにあれ。

大パリニッバーナ経(大般涅槃経)より (中村元訳『ブッダ…

沈黙で失敗する者はない

カール・ヒルティの親友の一人 (ヒルティ『眠られぬ夜のた…

淋しいだけでは、人間、生きてゆけない。だから仲良しを作るのだ。ところでまず仲良くならないといけない相手は、「他人」ではなく「自分」である。

渡辺和子 (『忘れかけていた大切なこと ほほえみひとつで…

思い出を結ぶ人を失うと、本当に孤独になるものです。

ミス・マープルの台詞 (アガサ・クリスティ原作 BBC制…

「意見」とは、「私にはこう見える」という世界へのパースペクティヴを他者に向かって語ること

齋藤純一 (『思考のフロンティア 公共性』49-50頁)…

お許しください、陛下。私は下品な男です! しかし、私の音楽はそうではありません。

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの台詞 (映画『…

料理をするということは自然に触れる、ということなんですよね。

土井善晴 (土井善晴・中島岳志『料理と利他』21頁) ど…

何百万人もの人を殺すためには、何も狂信的で病的とも言えるサディズムは必要なく、大規模な大量殺人は、社会に適合した人物がいれば可能となることを、私たちは初めて知った。

サイモン・ヴィーゼンタール(最初のナチハンター) (NH…

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