カテゴリー: 3 言葉と意味

人生には唯、短詩の形式によってのみ掴み得る人生の意義というものがある……短詩の形式によって人生を掴むということは、人生を現在の中心から掴むということでなければならぬ、刹那の一点から見るということでなければならぬ。

西田幾多郎 「短歌について」より『西田幾多郎全集 第十三…

死は死体と同じではありません。死は、生命がその活動を停止したことを意味します。活動を停止した「もの」ではありません。つまり、物体的な現象ではなく、それに対してわたしたちが付与する意味であると言えるのではないかと思います。

藤田正勝 『はじめての哲学』(岩波ジュニア新書)86頁 …

風になびく富士の煙(けぶり)の空に消えて ゆくへも知らぬわが思ひかな

西行 『新古今和歌集』 平安時代末期の歌人で僧侶、西行(…

文章の第一の条件は「分らせる」ように書くことでありますが、第二の条件は「長く記憶させる」ように書くことでありまして、……文字の体裁、即ち字面(じづら)と云うものが、一層重大な要素となって来るのであります。

谷崎潤一郎 (『文章読本』文庫版39頁) 先日に引き続き…

最適な言葉はただ一つしかない

谷崎潤一郎 (『文章読本』文庫版104頁) 谷崎潤一郎(…

人間があたりまえと思っていることも、ほかの動物にとってあたりまえとはかぎらない。りんごを1個、2個、3個などとかぞえるのは、りんごを見る目やもちあげる手があるからで、それがなければ、りんごの「個数」に注意がむくこともないはずだ。

森田真生 (絵本『たくさんのふしぎ ありになった数学者』…

「数」や「図形」は、からだや星とちがって、この宇宙のどこを探してもない。3本のペンとか、3匹の羊ならあっても、「3そのもの」はどこにもない。「このあいだほんものの3を見てきたけど、思ったより小ぶりで青かった!」なんて話は聞いたことがないはずだ。

森田真生 (絵本『たくさんのふしぎ ありになった数学者』…

アリや菜の花と呼ばれているものの存在そのものを感じたいと思うなら、名前にとらわれないほうがいい。だから私は、名前を忘れ、自分の五感のすべてを使って、名前の後ろに隠れている、ものそのものの本質に少しでも近づきたいと思っておるんです。

まど みちお (『いわずにおれない』41頁) まど みち…

分ければ資源、混ぜればごみ

静岡県沼津市でごみの分別回収が始まったときのスローガン …

自分がこれは大事だ、面白い、と思ったことをきちんと確保して、そこに一つ一つ点を打っていけば、線が見えてくる。なぜ面白いかは、あとでわかることもあります。

橘宗吾さん(名古屋大学出版会の編集者) (朝日新聞201…

わたしが、『山びこ学校』を読んで、一番強く印象づけられたのは……生徒も先生もひとりひとりの生徒が持ち出してくる具体的な暮らしの問題を、「自己をふくむ集団」の問題として、一緒に考え、解決しようと努力していることである。

鶴見和子 (岩波文庫版『山びこ学校』所収「『山びこ学校』…

考えるということは、むしろ深呼吸すること、あなたを取り囲む環境から力や発想を引き出すこと、驚くこと、思い出すこと、収集すること、整理することである。つまり待ち構えることである。句読点のある文章や休符のある音楽で記されるような、息を吸うことや小休止が、考えるということなのだ。

ティム・インゴルド (『ライフ・オブ・ラインズ 線の生態…

ある一つのことば、観念、あるいは課題について何か言うことは、それについて何か心に浮かぶ感想を述べることではない。それについての正しい知識、さらに適切に言えば、自己の経験がそのことばや観念の定義を構成するに至る時、われわれははじめて意味のある発言をすることができるのであり、その発言は同時に行為の形をもとりうるものである。

森 有正 (『遥かなノートル・ダム』「霧の朝」文庫版24…

風の色(かぜのいろ)

(日本語表現) 『日本国語大辞典』の見出し語(小見出し)…

年度初めの抱負や誰も読まない作文を書かせるような『手段の目的化』が横行している。他者に伝える意識がないものが学びになるはずがない。

工藤勇一さん (東大五月祭の教育フォーラムでの発言より …

「人びと」は残酷だ、しかし「人」は優しい。

ラビンドラナート・タゴール (詩集『迷い鳥たち』内山真理…

論理はことばの意味するところを引き出してくることだから、手持ちの情報を最大限に活用するには、その情報の意味するところを引き出してやらなくちゃいけない。それが論理の力だ。

野矢茂樹 (『はじめて考えるときのように』文庫版209頁…

↑ Topへ