河井寛次郎

(『いのちの窓』46頁)

河井自身が註解をこう添えている。「人はいうであろう。嫌だったけれど仕方がなかったから買ったのだ。こんなものは自分のものでも何でもないのだと。然(しか)し其(そ)の人は仕方がないという自分以外の何を買って来たのであろう」。

河井寛次郎(かわい かんじろう 1890-1966)は、陶工として濱田庄司や柳宗悦らとともに民藝運動を推進した人物。陶芸のほか、彫刻、デザイン、書、詩、随筆などでも優れた作品を残している。

京都市東山区にある河井寬次郎の住まい兼仕事場は、家族の方々によって「河井寛次郎記念館」として公開されている。建物の設計も、屋内の家具や調度類も、寛次郎自身によるデザインか蒐集品だという。戸口を入れば、別世界である。温かくて、力強く、引き締まって美しい、数々の「もの」たちの醸すハーモニーが心地よく、肩の凝らない満たされた時間が過ぎゆく。没後半世紀以上経っても「もの」たちがずっと生きている、そんな感じがする。たぶん、その家では「消費」でない「もの」との付き合い方がはっきり見えているのだろう。

文献:『いのちの窓』単行本 – 2007/2/1(クリックでAmazonに移ります)

*写真は韓国・ソウルの北村(プクチョン)にある韓屋(ハノク)と呼ばれる伝統家屋の一つで撮ったもの(河井寛次郎と直接の関係はない)。1920年代、柳宗悦らは朝鮮(日本統治下)に行き、庶民の日常の道具類に美しさを見出すとともに多くを蒐集し、それが日本での民藝運動(1926-)の動機ともなった。残された河井寛次郎の蒐集品の中にも朝鮮の工芸品が見られる。