エルキュール・ポワロの台詞
(アガサ・クリスティ原作 ITV制作ドラマ「名探偵ポワロ 愛国殺人」1992年より)
失踪中の事件関係者の安否を別の関係者(実は犯人)に尋ねられ、「おそらくもう亡くなっていると思う」と見解を伝えたポワロ(デヴィッド・スーシェ)は、その理由を尋ねられ、「発見した新しいシルクストッキングのためです」と答える。突飛な答えに、尋ねたほうは苦笑して「あなたは奇妙な人だ」と言うと、ポワロは「そう、とても奇妙です」と応じ、続けたのが上掲の言葉である(なお、その後の解明でシルクストッキングは共犯者が被害者女性になりすましていたことの手がかりとなる)。
「事実」ということに関して、同ドラマの別のエピソード(「アクロイド殺人事件」)には次のようなくだりがある。事件前後の細かな事柄にこだわるポワロに、捜査を共にしているなじみのジャップ警部が「あなたはいつも私を混乱させる。事件の核心を掴みかけていたのに」「論理的に考えなきゃ」と不満を口にする。そしてジャップ警部が「事実の検証を」と注文をつけると、ポワロは「(事件現場で位置が通常と変わっていた)椅子も事実だ。例の電話も結婚指輪も消えた現金も、(事件のあった家の執事の)パーカーの死も」と言い返す。ジャップ警部の場合、誰が犯人かの仮説を(「事件の核心」を)経験則や犯罪理論をもとに予め立て、その仮説の検証に関わりがあるかどうかで「事実(fact)」の範囲が定まっているようだ。それに対しポワロでは、見聞きしたすべての事柄が「事実」であり、それらは「ふるいにかけら」れ、順序立てて並べられて整合性が問われ、ようやく仮説が生まれ、足りないピースを確かめる手段が講じられている。「体系と秩序と論理」は、そのための大切な道具ということだろう。