上田閑照

『生きるということ――経験と自覚』29頁

上田閑照(うえだ しずてる 1926-2019)は、ドイツ中世神秘主義思想やドイツ近・現代哲学の研究とともに、禅を中心とする日本仏教や西田幾多郎の哲学の研究で世界的に知られる学者。

上田は1988年のある日、清水寺暁天(=明け方の空)講座で話すため早朝四時半に起き、講話の冒頭に挨拶し、「こういうふうに朝早く起きますと、本当に、『お早うございます』という感じがします」と切り出した。「朝から始まるということは、いろんなことが始まらないその前ですね。そこから本当に一日が始まる。新しく始まるということです」(上掲書28頁)。

「もう何年も前になりますが……ある用事で、京阪三条から朝一番の電車で大阪に行きました。いつもよく知っている線路ですが、その日は全く違った感じなのです。本当にいつもとは違った朝というか、朝焼けの中に包まれて、そして都会が眠っている。わたくしたち人間がさまざまなことをさまざまにしているそういう人間の世界が始まらない前に、こういう素晴らしい世界があるというか、あるいはそういう素晴らしい世界に包まれて人間の世界がある。しかも、わたくしたちは、そういうことを知らずに生きている。わたくしが知らない間にも、毎朝このように明けて、そして一日が新しく始まる。そういう中でわたくしたちもまた生きていられる。言葉にすればそういうことでしょうか」(同28-29頁)。

「考えるだけで一日の新しさが生まれてくるわけではありません。ただ自分が生きるというような自分の生活ではなくて、わたくしたちが生きているということをもう一つ包んで支えていると言いますか、たとえば朝というのは既にそうですが、そういうものに本当に触れて生きるということ、これは何でもないことのようですけれど、大切なことだと思われます」(同29頁)。

参考文献:上田閑照『生きるということ――経験と自覚』単行本 – 1991/5/28(クリックでAmazonに移ります)