街頭デモに参加する性暴力被害者の女性のコメント
(2020年12月20日(日)晩※のNHKニュース報道より)
レポーターの取材に応じて参加者がデモの現場(おそらく東京・国会議事堂付近)で語った言葉。報道を聞いてすぐにメモしたものだが、今調べてみると、誤記で12月11日に全国規模で開催された「フラワーデモ」であった可能性もある(上掲※印の件)。が、いずれにしても、現場で発せられたこの言葉の確かさを思えば、ここに書き留め残しておかねばならないと考えた。
「デモ」というのは「デモンストレーション」の略で、辞書的には「政治・経済・社会に関して一定の意志・要求をかかげ、それらを広く主張・宣伝するために行なう示威運動」(『日本国語大辞典』)である。
デモの場で、主張や宣伝は言葉によって行われるわけであるが、上掲のコメントで「可視化」というのは、「一般の市民の一人だけれども」という前置きが語るように、言葉で明らかにすることを指しているわけではない。性被害を受けた、一般の市民である、生身の自らの存在を、同じ社会を構成する市民の間に、あらわすことで、これでよいのかと問いかけているわけである。