静岡県沼津市でごみの分別回収が始まったときのスローガン
または「混ぜればごみ、分ければ資源」。
はっとさせられる鮮やかな価値転換の宣言と、口癖にもなりそうな軽やかな言い回し。
このキャッチコピー的なスローガンは、1975年に静岡県沼津市で、全国ではじめて行政回収として資源ごみの分別回収(当時は空き缶、空き瓶、古紙)が始まるときに生まれたとされる(このスローガンに則れば「資源ごみ」というのはないので、正しくは「資源とごみの分別回収」だろうか)。
高度経済成長期(1954~73年頃※1)の末期、大量生産・大量消費・大量廃棄に対応する新たな社会・経済システムの構築が必要とされ、清掃行政においてももはや旧来の体系では対応できない状況となるなかで、沼津市では、埋立地周辺住民の搬入反対運動とそれに続くごみ焼却場建設反対運動が起こった(※2)。
その反対運動を通じ、市民と市職員との間にコミュニケーションの機会が生まれ、ごみ収集の現場職員が「ごみの分別収集」を思いつく。現場の職員は手分けをして220あまりの自治会で、計300回の説明会を開いた(1975年当時の沼津市人口は20万人、5.7万世帯)。モデル地区になった自治会・町内会の協力も大きく、当番制などの自主管理の仕組みが整えられ、分別収集の範囲が徐々に拡大していったという(※3)。こうして生まれたごみと資源の分別収集の手法はやがて「沼津方式」と呼ばれようになり、上掲のスローガンとともに日本全国に広まっていった。
こうしたことが、鮮やかな価値転換の宣言と口癖にもなる軽やかさをもつこのキャッチコピー的スローガンの生まれた背景にあるというのは、とても納得のいくことではないだろうか。
※1 Minutes by NIKKEI(高度経済成長期とは)
※2 沼津市ウェブサイト「沼津方式のごみ分別収集処理が開始」
※3 羅歓鎮「日本における一般ゴミ分別収集システムの導入過程― ゴミ分別収集を試みている中国の視点から ―」(東京経大学会誌 第 301 号)
*写真は、現在ごみの分別収集の先進的地域の一つである徳島県上勝町のゴミの集積場の一角(※沼津市内のイメージ画像ではありません)。種別のボックスに付いた張り紙には、リサイクルのために運ばれる行き先と1kgあたりの処理費用が表示されている。実は私が「分ければ資源、混ぜればごみ」という言葉に初めて出合ってはっとしたのは、この上勝町のゴミの集積場に付設の「ゼロ・ウェイストセンター」を訪れた折のことでした。