日髙敏隆
(『世界を、こんなふうに見てごらん』文庫版31頁)
日髙敏隆(ひだか としたか 1930-2009)は、動物行動学者。『世界を、こんなふうに見てごらん』(2010年単行本初版)は、「これからの少年少女と大人に」向けて書かれたエッセイで、上掲の言葉は「人間、この変わったいきもの」と題した章にある。
「たとえば母猫が死んで動かなくなったとき、仲のよかった娘猫がそばに寄る。見た目は変わらないから、娘猫はいっしょうけんめい母猫に向かって鳴いたりして、非常に不思議そうな顔をしている。しかし母猫が死んだことはわかっていない」。
それにくらべて人間は、「死後のことを全部考えて、政治体制までつくる」。「人間は死を知っているから社会システムをつくり、墓や慰めの歌といった、さまざまな文化もつくった……要するに、人間と動物の違いは死と美を知っているか否かにあるのだ」(31頁)。
そして日髙は、「死がいろんなイリュージョンを生み出す」と言う(32頁)。
「世界とは、案外、どうにでもなるものだ。人間には論理を組み立てる能力がかなりあるから、筋が通ると、これは真実だと、思えば思えてしまう」(33頁)。
「真理があると思っているよりは、みなイリュージョンなのだと思い、そのつもりで世界を眺めてごらんなさい。……人間といういきものは、そういうあやしげなものだと考え、それですませてしまうこと。それがぼくの言ういいかげんさだ」。(33頁)
ただし、日髙は「いいかげん」と言いながら「イリュージョンは、だから大事だ」(113頁)と言う。それはこういうことである。
「人間がものをどう見ているかが、人間がいろいろな文化をつくり上げたり学問研究したりするにあたっていちばん大事なのではないか、イリュージョンに価値を置くというより、人間がイリュージョンを持つことをおもしろいと考えてはどうか」(113頁)。