鶴見和子
(岩波文庫版『山びこ学校』所収「『山びこ学校』は歴史を創る」358頁)
1951年に刊行された無着成恭とその生徒らの『山びこ学校』は、1955年にはすでに10万部近くを発行するベストセラーになった。その後も読み継がれ、1995年に岩波文庫に入る際、巻末に鶴見和子の論考が収録された。
鶴見和子(つるみ かずこ 1918-2006)は社会学者。弟は哲学の学者・評論家の鶴見俊輔で、鶴見によれば鶴見俊輔は次のように指摘した。明治以後、日本の学者が「日本人」の「啓蒙」「近代化」「民主化」の必要を力説するとき、それを説いている学者自身は「日本人」のひとりとして自己を意識せず、つまり「自己をふくまざる集団」のことを議論している。そしてこれは、明治以後の官僚が、人民の外側に、かれらよりも一段高いところから、日本の「工業化」を命令したのと同じ方式である(上掲書359頁)。
鶴見はこの弟・俊輔の指摘したような「官僚方式」とは違った考え方が『山びこ学校』の生活綴方(つづりかた=作文)に見られるといい、その違いを上掲の言葉で言い表した。
生活綴方とは、簡潔にいえば「身の回りの生活課題を具体的な観察に基づいて作文させる」教育手法で※1「概念くだき」を基本とする。「概念くだき」※2とは、「抽象的なことばや通念を、そのことばまたは通念が出てきた日常生活または歴史的体験の場にもどして、具体的に考え直す」ことである(364頁)。
鶴見が挙げる「概念くだき」の一例は、農家の九人兄弟の末っ子である中学2年の川合末男の綴方である。末男の父は亡くなるとき、末男がどんな職業に就けるかを一番心配していた。社会科の教科書は「職業の自由選択の権利」を謳うが、「若(も)しも社会科の本が正しくて、私たちは実際に、安心して職業を選び、職業に就くことが出来る世の中であれば文句はないのだ。そうすれば、なにも今々死にそうな親父にまでも心配かけることはなかったのではないか」と末男は記す。文体からして学級の全員に向かって書かれたものになっている(国分一太郎「解説」342頁)。
鶴見によれば、子どもたちはこうして、「理想型(こうあるべきだということ)と、現実型(実際にこうあること)との間の矛盾」に気づく。さらに「お互いの体験を比べあわせてみると、同じ概念が、実はさまざまに異なる意味で使われていることが解ってくる」(365頁)。
近年の著作で『山びこ学校』に言及した佐藤仁は、この「概念くだき」による生活綴方を、「生活の中の様々な出来事が、自分の力の及ばない無関係なものではなく、自分もまたそうした出来事の一部となり、それを支えたり、つくり出したりする主体なのだという自覚を促す教育」とまとめている(佐藤※1、209頁)。
※1 佐藤仁『争わない社会 「開かれた依存関係」をつくる』NHKブックス2023年、208頁
※2 「概念くだき」とは、生活綴方運動の中心的な推進者であった国分一太郎が生活綴方の効用として示した用語
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文献:佐藤仁『争わない社会 「開かれた依存関係」をつくる』単行本 – 2023/5/25(クリックでAmazonに移ります)