宮崎 駿

(『本へのとびら――岩波少年文庫を語る』新書132頁)

2011年に刊行された岩波新書にある言葉である。宮崎 駿(1941- 東京生まれ)は言わずと知れたアニメーション映画監督。上掲の言葉は、宮崎自身が長年親しんできた児童文学からお薦めを取り上げ、児童文学にまつわるエッセイがまとめられた本の中で、「脆弱になった『目』」と題した章にある。

宮崎はまずざっと歴史を概観する。「印刷技術の進歩で挿絵がたくさんつくようになって、絵を楽しむことのできる人たちが広がったことは確かなんです。……ところがそうした挿絵の時代から、映画になり、テレビになり、と、違うところにきた。それがさらに、携帯で写した写真を転送して……というように、映像が個人的なものになってきてしまった」(129頁)。宮崎は続ける。

「そうすると、現実に対するアプローチの仕方はどんどん脆弱になっていくんです。本物というか、なまものというものはつかまえにくいものです。光線や空気や気分でどんどん変わっていきます。たとえば、目の前に見合いの相手がいて、ドギマギしながらちょっと言葉をかわすだけで判断するより、正しい照明で写真やテレビに撮って、こっそりひとりで落ち着いて観たほうが本当のことが分かるんじゃないかと思うようになるんです」(上掲書129-130頁)。

「油絵を展覧会場のきまった照明で見るのとちがって、自然光――といっても間接光ですが――で見る機会があると、天候や時刻の変化で、色や質感がどんどん変化して、絵そのものが生きているようで驚きます。その変化こそその絵画の深さであったりするんです。液晶の正面で検索するのとは全然ちがう世界があるんですよ」(130頁)。

「この世界をどういうふうに受けとめるんだ、取り込むんだというときに、自分の目で実物を見ずに、かんたんに『もう写真でいいんじゃない』となってます。写真自体も、いくらでも色やコントラストが変えられるから、好き勝手にしているでしょう。ですから、ほんとうに自分の目がどういうふうに感じているのかということに立ちどまらなくなっています」(131頁)。これに続くのが、上掲の言葉である。

文献:『本へのとびら――岩波少年文庫を語る』新書 – 2011/10/21(クリックでAmazonに移ります)