堀 文子

(『私流に現在(いま)を生きる』143頁)

堀 文子(ほり ふみこ 1918-2019)は日本画家。堀は68歳(1987年)の春、バブルの真っ只中の日本を単身で抜け出して、イタリアのトスカーナ地方のアレッツォにヴィラを借りてアトリエを構える。「たまねぎ、牛乳、お皿」のイタリア語も知らないまま、イタリアの村に住み始めた。上掲の語句は次の文脈で現れる。

スケッチのために城壁のある古い町に出かけたときのこと、大地に広がる緑の麦畑の間に赤い線模様がいたるところにある。近づくとあぜ道で赤い罌粟(けし)が風に揺れていた。それは無作為に畑を放置しているからではなくて「毎年麦の穂とともに風に揺れて咲くこの花がみんな好きだから」と近くの村人は言う。それを受けて、堀は次のように記す。

「風景や自然への美意識、生まれた土地を大切にするという気持ち、そして田園風景のなかの美しさを自分たちの手で守り続けようとするイタリアの魂の奥底に刷り込まれた頑強なものにわたくしは気づきました。文化というものは、それを支える人々の心によって受け継がれていくものなのです」。それに引き換え、「第二次世界大戦での敗戦以来、日本は農村をめちゃくちゃにして、山や丘を削って、形だけの繁栄を得ました。戦争で他国に初めて侵略された日本は、アメリカの文化と能率主義にたちまち屈服してしまい、今まで保ってきた歴史の上にある、独自の考え方を喪ってしまったのです。イタリアも同じ敗戦国であるのに、自然を破壊することなく、思想ある風景を保っています。『イタリア人はどんなに戦争に負けても、生活と料理と愛と言葉は売らない』と、言われたことがありました。その四つをぜんぶ売ったのが日本だとわたくしは思います」(上掲書142-143頁)。

文献:『私流に現在を生きる』 単行本 – 2015/11/7(クリックでAmazonに移ります)