(ある方へのメール2025/8/17から)

「失われた30年」がなぜ失われたままなのか。いろいろ議論され政策も打たれてきたのでしょうが、ごく単純な理由が一つあると思っております。

一つ直近の事例をあげます。
現在通っている職業訓練校も、講師の方々は専任でなく外部から招かれた方々で、同じスキルの講習中でも日替わりで複数の講師が担当されることがあります。
ある日、ウェブサイトのサンプルを制作する授業で、HTMLに多くのテキスト(文字)を入力する必要がありました。
テキストを打つ手間の省略のため予めテキストファイルが用意され、授業内ではコピペするだけでよかったのですが、私たちのクラスに来られてまだ2日目だった講師の方は、そのファイルがあるのを知らずテキストを打ち込み始めました。
アシスタント講師はテキストファイルの存在を知っていたはずですが、講師が数行打ち込まれる間も黙ったまま、受講生も全員が黙ったままでした。
「これでは授業が無駄に遅れる」と思い、私の席は10列ほどある内の後ろから2列目の隅で講師まで遠いのですが、ついに後ろから声高に「先生、テキストファイルがあります」と伝えました。
すると、教室のあちこちでクスッと笑い声が聞こえるのです。ふだんは授業中の質問も私語も多い楽しいクラスです。
この講師はプロとして他の講師にも尊敬されている方であり、受講生もアシスタント講師も悪意があったわけではないでしょう。
実際、講師も「あるじゃないか」と気さくに応じ、何事もなく過ぎました。

しかし、10分は無駄にしたでしょう。
なぜ「先生、テキストファイルがあります」と誰も言わなかったのか。
私は多くの職場を体験してきましたが、言うのはリスクだからです。
人によっては部下の前で「恥をかかされた」と思い、言った人を逆恨みするでしょう(特に言った人が女性であれば尚更です)。
声を上げて助けて逆恨みされたら浮かばれません。
クスッと笑った受講生たちは状況をわかりつつ、言わないことに慣れていたのです。

同様のことが、毎日日本全国各地で無数回繰り返されているとすればどうでしょうか。
利害のない半年のお付き合いの職業訓練校で「ファイルがあります」とさえ言えないのですから、所属組織や業務のかかえる問題点を担当者・当事者として指摘したり提案することにどれほどリスクがあるでしょうか。

「生産性」がこれで上がるはずがないと思います(政治家や官僚らが税金を大量に注ぎ込んで「失われた30年」の「対策」を講じるなど愚かな話です)。
提案することがリスクでもあえてすると申し上げたのは、この社会的な状況を変えたいからです。