小川洋子

(小川洋子・河合隼雄『生きるとは、自分の物語をつくること』文庫版47頁)

小説家の小川洋子(おがわ ようこ 1962- )と臨床心理学者の河合隼雄(かわい はやお 1928-2007)の対談の一つ「生きるとは、自分の物語をつくること」(2006年6月15日 文化庁長官室にて 初出:「考える人」2008年冬号)から。

小川は上掲の言葉に続けて、「小説で一人の人間を表現しようとするとき、作家は、その人がそれまで積み重ねてきた記憶を、言葉の形、お話の形で取り出して、再確認するために書いているという気がします」(47-48頁)と言う。そして河合に水を向ける。

(小川)「臨床心理のお仕事は、自分なりの物語を作れない人を、作れるように手助けすることだというふうに私は思っています」(48頁)。

(小川)「患者の方の深い悩みに付き添って、どこまでもどこまでも下へ降りて行くと、河合先生は以前おっしゃっておられました。小説家もやはり、小説を書いてる時は、どこか見えない暗い世界にずうっと降りて行くという感覚があるんです」(49頁)。

(河合)「その感じは、もうほとんど一緒じゃないかと思いますよ。ただ小説家はずっと降りて行って、その結果つかんだものを言葉にする。だけど僕らは、人が話すのをただ聴いていて、その人自身が何かを作るのを待っているだけです。自分では何も作らない」(49頁)。

(河合)「小説家と私の仕事で一番違うのは、『現実の危険性を伴う』というところですね。作品の中なら父親を殺すことも出来るけれど、現実に患者さんが父親を殺すと、大変です」(49頁)。

(小川)「殺したいという気持があっても実際には殺さないために、物語が必要なわけですね」(49-50頁)。

(河合)「そうです。そしてその物語をわかる人もいないといけない。その辺がものすごく難しい。よくいうことですが、『若きウェルテル』は死ぬけれど、ゲーテは長生きする。……患者さんは、実際自殺する方へ行かれますからね。それでも僕がその人たちのために物語を作ることはない。その点は、小説家がしていることと全然違います。その違いは、ちょっと面白いところですね」(50頁、太字の強調は引用者)。

文献:『生きるとは、自分の物語をつくること』文庫版ー2011年/2/28(2008年8月単行本初版刊行)(クリックでAmazonに移ります)