岡倉天心

(『東洋の理想』文庫版157頁)

岡倉天心(おかくら てんしん 1863-1913、本名は岡倉覚三)は、明治期の美術指導者。アメリカ人のフェノロサと共に東京美術学校(現 東京芸大)の創設に尽力して校長となり、その後、画家の横山大観や下村観山らと日本美術院を創立し、新しい日本画の創造に邁進した。天心は海外で調査や研究に携わることも多く、1905年にはボストン美術館の東洋部長になっている。英文で東洋や日本の美術を紹介する書物を複数著しており、1903年にロンドンで刊行された『東洋の理想』はその一つ。

上掲の言葉は、日本の足利(室町)時代の章に出てくる。天心は当時の貴族の洗練された趣味を論じて、「あらわに展示するのでなく、ほのかに暗示すること、それが無限ということの秘訣(ひけつ)である。完全ということは、すべての円熟と同じく、成長が限られているがゆえに、感銘がないのである」と言って、外側は簡単な漆塗りで見えないところに高価な金細工を用いた硯箱や、蒐集した財物はすべて宝庫にしまいこんでそこから一つ一つ持ち出してくる鑑賞の仕方、また(今日にいたるまで)人々はもっとも高価なものを下着に着ることなどを挙げる。そして、この人生を導く「変化の法則」は「美を支配する法則」でもあり、「ある観念の完成を想像力みずからに行わせる余地を残すということは、あらゆる形態の芸術的表現にとって肝要不可欠なことであった」と言う(156頁)。この後に続くのが上掲の言葉である。

文献:東洋の理想 (講談社学術文庫 720) 文庫 – 1986/2/5(クリックでAmazonに移ります)