月: 2025年8月

人間があたりまえと思っていることも、ほかの動物にとってあたりまえとはかぎらない。りんごを1個、2個、3個などとかぞえるのは、りんごを見る目やもちあげる手があるからで、それがなければ、りんごの「個数」に注意がむくこともないはずだ。

森田真生 (絵本『たくさんのふしぎ ありになった数学者』…

「数」や「図形」は、からだや星とちがって、この宇宙のどこを探してもない。3本のペンとか、3匹の羊ならあっても、「3そのもの」はどこにもない。「このあいだほんものの3を見てきたけど、思ったより小ぶりで青かった!」なんて話は聞いたことがないはずだ。

森田真生 (絵本『たくさんのふしぎ ありになった数学者』…

アリや菜の花と呼ばれているものの存在そのものを感じたいと思うなら、名前にとらわれないほうがいい。だから私は、名前を忘れ、自分の五感のすべてを使って、名前の後ろに隠れている、ものそのものの本質に少しでも近づきたいと思っておるんです。

まど みちお (『いわずにおれない』41頁) まど みち…

一般の市民の一人だけれども、社会の問題を可視化したい

街頭デモに参加する性暴力被害者の女性のコメント (202…

分ければ資源、混ぜればごみ

静岡県沼津市でごみの分別回収が始まったときのスローガン …

人は、生きていくうえで難しい現実をどうやって受け入れていくかということに直面した時に、それをありのままの形では到底受け入れがたいので、自分の心の形に合うように、その人なりに現実を物語化して記憶にしていくという作業を、必ずやっていると思うんです。

小川洋子 (小川洋子・河合隼雄『生きるとは、自分の物語を…

瞬間瞬間の「私」があって、それはそれぞれ違った内容をもっているかもしれないけれども、そういった「私」と「私」とのあいだ、無数の「私」のそれぞれのあいだがずうっとつながっている、一貫性をもっている。……そういう意味の連続のことを自分という言葉で考えているのです。

木村 敏 (『自分ということ』文庫版116頁) 木村 敏…

自分がこれは大事だ、面白い、と思ったことをきちんと確保して、そこに一つ一つ点を打っていけば、線が見えてくる。なぜ面白いかは、あとでわかることもあります。

橘宗吾さん(名古屋大学出版会の編集者) (朝日新聞201…

人間と動物との違いは死と美を知っているか否かにあるのだ

日髙敏隆 (『世界を、こんなふうに見てごらん』文庫版31…

好きというだけで格別の知識はないから、頼りになるのは自分の目玉だけである。店に入る。あまり眼に力を入れないで、肩の力を抜いて、なるべくぼんやりとあたりを見廻す。そのとき、眼に飛び込んできたもの、眼があってしまったものの前に立ってみる。——いい。何が何だか判らないが、いい。

向田邦子 (『向田邦子 暮しの愉しみ』所収「眼があう」4…

わたしが、『山びこ学校』を読んで、一番強く印象づけられたのは……生徒も先生もひとりひとりの生徒が持ち出してくる具体的な暮らしの問題を、「自己をふくむ集団」の問題として、一緒に考え、解決しようと努力していることである。

鶴見和子 (岩波文庫版『山びこ学校』所収「『山びこ学校』…

明治維新のとき自らを後進国と自認した日本は、軍隊が強くなれば世界は認めるだろうということで、天皇を絶対なる神であると措定し軍国主義で日本人の心をコントロールしてきました。それが崩れた一瞬のすきにできたのが『山びこ学校』です。しかし、池田首相の所得倍増論をきっかけに、こんどは、お金もちになれば世界中が認めるだろうということで経済主義教育につっぱしり、いじめ、登校拒否、オウム教などの今日的状況を作りあげているわけです。

無着成恭 (『山びこ学校』「岩波文庫版あとがき(1995…

ハイビジョンなんて、人間の目では見えないものまで見せるようになっています。そうして嘘に嘘をかためているから、世界そのものが人間に持っているインパクトをどんどん薄めて一六分の一になり、八かける八の六四分の一になり、ひどいことになっていると思います。

宮崎 駿 (『本へのとびら――岩波少年文庫を語る』新書1…

戦争が何を残したのか、その残したものが続いているかぎり、誰かの中にはまだ『戦後』が残っているということなのだろうと思います。

片渕須直さん (NHK「戦争をどう伝えていくか」2025…

神はじぶんの花々を、人間の手ずからささげられるものとして取りもどしたいと待ちのぞむ。

ラビンドラナート・タゴール (詩集『迷い鳥たち』内山真理…

「戦争をしなければいけない」という状況を作らないこと。それに全力を尽くすのが、政治家の仕事だ。

福田康夫さん (朝日新聞2025年8月11日付インタビュ…

(数学者は)一を仮定して、一というものは定義しない。一は何であるかという問題は取り扱わない。

岡 潔 (岡 潔・小林秀雄『人間の建設』文庫版103頁)…

「自分は結局のところ、ただのアメリカの庶民なのだ。そのアメリカの庶民として、自分には語らなくてはならないものがあるのだ」という矜持のようなものが、彼の文学世界の中にはきっちりとある。

村上春樹のレイモンド・カーヴァー評 (『村上春樹 雑文集…

荒涼とした島にひとり取り残された人間は、自分だけのために自分の小屋も自分自身も飾ることをしないであろう。

イマヌエル・カント (『判断力批判』第41節より) 「美…

手仕事で作る実用品は祖先から代々受け継がれるという、しっかりした性格を持っている。風格といってもいい。その無駄のない、健康で雅な佇まいこそ、今でいうデザインの本当の姿ではないだろうか。

柚木沙弥郎 (『柚木沙弥郎 92年分の色とかたち』「年を…

その無音の沈黙の間は、実は、複雑な一音と拮抗する無数の音の犇めく間として認識されているのである。

武満 徹 (『音、沈黙と測りあえるほどに』196頁) 武…

考えるということは、むしろ深呼吸すること、あなたを取り囲む環境から力や発想を引き出すこと、驚くこと、思い出すこと、収集すること、整理することである。つまり待ち構えることである。句読点のある文章や休符のある音楽で記されるような、息を吸うことや小休止が、考えるということなのだ。

ティム・インゴルド (『ライフ・オブ・ラインズ 線の生態…

偉大な傑作の、何もかいてない絹地の余白は、しばしば、描かれた部分そのものよりもいっそう意味にみちていることがある。

岡倉天心 (『東洋の理想』文庫版157頁) 岡倉天心(お…

思想ある風景

堀 文子 (『私流に現在(いま)を生きる』143頁) 堀…

私は体系と秩序と論理を尊重しますが、理論よりも事実を重視します。

エルキュール・ポワロの台詞 (アガサ・クリスティ原作 &…

私たちがあるテクノロジーをスマートだと感じるのは、そのテクノロジーを使用する際に、そもそも私たちが何も考えなくてもよいときである。

戸谷洋志 (『スマートな悪 技術と暴力について』41-4…

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