河井寛次郎
(『いのちの窓』9頁)
昨日に続き、河井寛次郎の『いのちの窓』から。一つの音の響きで、静かさを感じるという逆説。全く無音であったら、静かさはわからないのかもしれない。
河井から離れるが、中井正一(なかい まさかず 1900-1952)という美学者が「日本の美」という論考のなかで、日本の古い伝承から「時の音を取る」ということにふれている。
「音を取る」とは、たとえば声をピアノの〈ド〉に合わせて発声するようなことをいうが、中井が紹介しているのは平安時代、藤原氏が権勢を誇っていた頃の話である。ある男と女が夜を共に過ごし、夜中にふと目を覚ました男が女に「今何時であろう」とたずねる。すると女は枕元に置いていた琵琶を手に取りいろいろの音階で弾き始める。やがて一つの音階がその時刻にふさわしい寂かなトーンと通い合うのを探り当て、男に「今は何々の刻であります」とこともなげに語る。男は「あ、そうか」と言ってまた寝た。当時はいろいろな音階がいろいろの時刻にあてられていたという。
この話を紹介した中井は「小夜中の、夜の寂(しず)けさの深さを琵琶の絃の音階をもって探り求めて、耳をすましている女の神経を容易ならざる感覚として、ある感動をおぼえる」と書き添えている(『中井正一全集 第二巻 転換期の美学的課題』美術出版社、1965年(第三刷)263-264頁)。
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文献:中井正一全集 第2巻 転換期の美学的課題 単行本 – 1981/4/1(クリックでAmazonに移ります)
*写真は中国明代の琵琶(16世紀後期-17世紀初期)(Wikimedia Commons)