サイモン・ヴィーゼンタール(最初のナチハンター)
(NHK「映像の世紀 ナチハンター「忘却」との闘い」2022年12月12日放送より)
サイモン・ヴィーゼンタール(1908- 2005)は、オーストリア人のユダヤ教徒。ナチスにより強制収容所に収容され、ドイツが敗戦する2日前にアメリカ軍により解放され生還したが、彼の母親と親族88名はホロコーストの犠牲者になったという。ニュルンベルク裁判ではナチスの主要戦犯22名(ゲーリングなど戦争指導者だけ)が裁かれ、12名に絞首刑が言い渡されたが、ホロコーストに直に関わった現場の者たちの多くは十分に調べられることも裁判にかけられることもなかった。
「強制収容所から生還したユダヤ人は正義への信頼を失っています。……犯罪者が捕まり刑を受ければ、我々は正義の存在を再び信頼することができます。正義を信じられない人生など無意味です」(同ドキュメンタリー)
ヴィーゼンタールは、強制収容所にいたナチ党員に関する情報を独自に収集し、生存者の証言をもとにホロコーストに関与した人物を特定し追い始めた。その一人が1960年にアルゼンチン逮捕されたアドルフ・アイヒマンである。元親衛隊隊員のアイヒマンは「ユダヤ人問題の最終的解決」の実行者で、いわゆる「死の列車」の司令官として3年間で600万人を強制収容所に送り込んだ人物。
1961年のアイヒマンの裁判を傍聴し、驚きとともに「悪の凡庸さ」を認めたのはハンナ・アーレントである。引用した言葉はアーレントの表現と通じ合う。