野矢茂樹
(『はじめて考えるときのように』文庫版209頁)
著者は哲学(特に分析哲学)の学者である。著者の言う「論理の力」がわかるには実感するしかないと思う。
これは私(サイト運営者)自身の実感であるが、哲学の論文などを書くときによく体験することは、頭で考えているときにはわかったつもりであった一定の思考が、実際に書き始め、筋道を立てて展開するうちに、どうしても言いたいことがつながらない箇所が出てくることだ。そこで苦しみながら、なぜつながらないのかと考えていくと、自分の思考が至らず飛躍していた、つまりわかっていなかったことが、わかる。さらにその足りなかった箇所、盲点だった箇所を埋められる内容がわかると、たいていの場合、その正しくつながった箇所の効果が波及して、一定の思考の全体が深みを増すのを実感することになる。すると、自分が言おうとしていることに確信がもてるようになる。論理の力とはそうしたものだろう。
野矢氏はこう述べている。「でも、注意した方がいい。論理的に展開してるつもりでも、ぼくらはちょくちょくそれにだまされる。論理的にはそうなんだけど、なんかおかしいな、と感じたら、その直感もだいじにした方がいい。だけど、まったく逆のことを言えば、論理はそんな自分のちっちゃな直感の器をはみ出ていくぐらいの力がある。ときには直感に反することでも論理の運動に身をまかせてみなくちゃいけない」(同書209頁)。
文献:『はじめて考えるときのように 「わかる」ための哲学的道案内』 (PHP文庫) – 2004/8/2(クリックでAmazonに移ります)